2008年6月1日日曜日

ANAGO

煮たり締めたりといった江戸前ずしを特徴づけている仕事の数々は、もともとは保存性を高めるために生まれたと言われています。流通も未発達で、冷蔵庫もなかった時代の知恵なのと同時に、そのままでは寿司にできない魚介を、握っておいしい素材へと生まれ変わらせるのもまた仕事の重要な役割です。その最たるものがあの、アナゴなのです。口に入れればやわらかく、とろけるような舌ざわり、味わいは甘さも辛さも突出せずに、ただうまいものだけを感じさせてアナゴ独特の香りが鼻の奥へとぬけていく、そんなアナゴに煮上げるために、一流のすし屋さんなら素材選びにも煮仕事にも手を抜かず、そのお店なりの特色をだすように精進します。「アナゴを食べればそのお店のレベルが分かる」とか「すし屋が100あれば、アナゴの煮方は100通りある」と言われるようにまさに千差万別の食材なのです。アナゴは仙台湾や瀬戸内海、三河湾などでもとれますが、東京のすし屋さんは東京湾で取れたアナゴにこだわります。それは単に江戸前のこだわりではなく、質がいいからなのです。羽田沖のものが最高とされていますが、小柴や子安産も名が通っています。旬は6月から7月で、背開きにして骨をのぞき、ほどよく調味した煮汁で煮ます。仕事の内容はただそれだけなのですが、シンプルだからこそ奥が深いのです。煮汁は水に酒にしょうゆ、みりんが基本的なもので、なかには注ぎ足し注ぎ足し、アナゴの脂やゼラチン質を含んだ煮汁をずっと使い続けているお店もあります。落し蓋をするもしないもそれぞれならば、煮る時間もさまざまです。脂が乗っていればやわらかくなるのも早いので、煮る時間は魚によって変えるのです。煮たアナゴを握る前に軽く火であぶるというお店も多く、アナゴの握りは従来、このあぶったタイプと、やわらかく煮上げてそのまま握るタイプの2タイプに大別されていましたが、最近ではあぶるお店が多いです。アナゴは煮上がりがいちばんやわらかくて美味しいとされており、あぶって熱を加えることで、美味しさを呼び戻すという手法です。なかには作りおきはせずに煮上がったばかりのアナゴを握っているという、手間を惜しまないお店もあるようです。

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